胃や十二指腸の潰瘍を起こし、胃がんの原因とされるヘリコバクター・ピロリ(ピロリ菌)に感染している人が、薬を飲んで除菌する例が急増している。
2013年、内視鏡(胃カメラ)検査で感染による胃炎が見つかれば、自覚症状がなくても保険で除菌できるようになったため。
胃がんの発生や死亡を減らす効果が期待される一方、除菌が成功して安心し、がん検診を受けなくなるケースも。
専門家は、除菌成功後もリスクが残っていることを指摘し、定期的にがん検診を受けるよう注意を促している。
ピロリ菌は長さが千分の4ミリとごく小さな、らせん状の細菌。
唾液などを経て人から人へ感染し、胃の粘膜にすみ着く。
菌を発見したオーストラリアの医師ら2人は05年のノーベル医学生理学賞を受賞した。
日本の感染者は3500万人を上回るとの推計を、厚生労働省研究班がまとめている。
ピロリ菌に詳しい加藤元嗣・国立病院機構函館病院長(消化器内科)によると、感染した場合、胃の炎症は「急性胃炎」「慢性胃炎」「萎縮性胃炎」と次第に悪化していく。
「胃がんができるのは、ピロリ菌が感染して炎症を起こした粘膜がほとんど。国内の複数の研究では、胃がん患者のうちピロリ菌が感染していない割合は1%に満たないことが分かっています」
内視鏡検査でピロリ感染胃炎と診断されれば、13年から保険で除菌ができるようになった。
除菌者数は「レセプト(診療報酬明細書)などからの推定で年間約150万人に急拡大した」(加藤院長)という。
世界保健機関(WHO)の専門組織、国際がん研究機関(IARC)は14年、「胃がんの8割はピロリ菌感染が原因。除菌で発症は3~4割減る」との報告書を発表した。
IARC作業部会のメンバーだった浅香正博・北海道医療大学長は、自覚症状がなくても機会をみてピロリ菌感染の有無を検査するよう勧める。
両親、祖父母が感染していたり潰瘍や胃がんになっていたりすると、感染の可能性は高い。
新薬が登場して、除菌の成功率は極めて高くなっている。
浅香学長は「ピロリ菌が関与している病気のほとんどで除菌が保険適用になった。ピロリ感染による胃炎と診断するのに内視鏡検査が必須であることや、今年から胃がん検診でエックス線検査のほかに内視鏡検査を選択できるようになったことで、胃がんの早期発見も増えていくはずだ」と期待する。
一方で浅香学長は「ピロリを除菌すればもう胃がんにはならない」との誤解が、患者だけでなく医療関係者の中にもあることを心配している。
「除菌で発がんリスクが下がることは確かだ。ただ、胃炎が進むほど、また年齢が高いほど除菌後もリスクは残る」という。
浅香学長によると、ピロリ菌がいなくなったその時点で、既に潜在的ながんができてしまっているケースや、ごく初期の小さながんが見逃されてしまうケースなどが考えられる。
除菌に成功した後に胃がんが見つかった症例は、学会でも再々報告されているという。
浅香学長は「除菌が成功しても少なくとも1~2年に1回程度、特に萎縮性胃炎がある場合はそれがきれいに治るまでできれば毎年、内視鏡による胃がんの検診を受けるべきだ」と強調。
「日本の内視鏡検査の診断技術は高い。早期に見つかれば、胃がんで死亡する危険性は極めて低くなっています」と話している。